シンパシーよりエンパシー。を好む。

その他

おはようございます。

シンパシーとエンパシー。

凄く似ている響きのする言葉。

シンパシーという言葉は、

私の中では共感みたいな時に使っていて、

結構、自分の中ではいい意味として使っていました。

しかし、先日エンパシーとシンパシーの

言葉の違いについて知り、

私はシンパシーよりもエンパシーのほうが好きで、

そして、シンパシーは私にとって魅力のない言葉というか、

危険な言葉に変化しました。

あくまで、私の中での危険な言葉です。

意味の違い

シンパシー(同情)とはシンパシーとは、

人が他者の痛みや不幸、悩み、悲しみを気の毒に思ったり、気にかけたりすることを表す言葉です。

また、ある個人や状況に対して何かしてあげたいと思う気持ちを指すこともあります。

共感が他者の状況や感情を経験することであるのに対し、

シンパシーは他者の感情や苦しみを理解することです。

シンパシーについては、そもそもの言葉の理解が

間違っていた!!!私。

やだっ。

エンパシー(Empathy)とは、

自分とは異なる価値観や考え方を持つ他人に自己を投影し、相手が何を考えているのか、

どう感じているのかを想像する力のこと

ギリシャ語の「emphatheia(心の状態)」という単語に由来する言葉で

「共感」や「感情移入」、「自己移入」と訳される場合もあります。

シンパシーとエンパシーは共感という意味では同じですが

共感までの過程が違う。

そして、私はシンパシーを感じることも

求めても全くいないなぁと思いました。

今まで、さんざんシンパシーという言葉を

使っていたくせに。

オホホ。

諦めている

もともと、身近な人にも自分の感情を表に出すことが

私は大変苦手です。

常に快活で出来ることなら聡明な対応をしたい。

そう思っています。

まあ、聡明は完全に私の理想であって、

全く聡明では無いので、本当に目標と行った感じですが。

で、快活な態度は社会に出てからは

かなり意識していたため、今は意識せずとも快活な態度が

普通になって言うような気がします。

なので、どんどん自分の感情を出しにくくなっているように思います。

それでも、やはり同情されるのは嫌だし、

同情で繋がる感覚は本当に嫌というか、苦手というか。

なので、音声配信なので自分のコンプレックスを

話せる方、自分の悩み、相談などを語れる方は、

可愛らしいなあと思います。

そして、

甘え上手で羨ましく思います。

エンパシーは好き、シンパシーは嫌い

まあ、羨ましいなとは思いますが、

私は同情したりされたりするのは好きではないですし、

私生活でも、職場でも、SNSでも

相談事、悩み、愚痴で繋がった関係は

依存関係以外は何もないと思うので、

とにかく、仲良くなるまでは、

とにかく快活な対応をしたいですし、

男女ともに快活な方に惹かれますね。

どんなに快活に見える人だって、

悩み事は絶対に抱えていて、

それを表に出さない人、

もしくはそれを私にだけ見せてくれる方に

惹かれちゃうんですよね。

親友ともいつもバカっぱなしで盛り上がって、

いつの間にか何でも話せる間柄になっていたので。

日常生活でも、ネットの世界でも

人はシンパシーを感じる相手に惹かれたり、

そこでコミュニティを広げているように感じます。

しかし、それはただただ感情的で、

感情に流されているだけで、私は大変苦手。

で、エンパシーは感情的ではなく

相手の価値観を知り、想像した上で共感する。

同じ共感でも感情的では全く無い。

なので、エンパシーの方が知的で、

感情的ではなく、依存性がないので好きだな〜。

と思いました。

日常世界でもネットの世界でも、

同情ではなく、相手の価値観を知って

対話していけたら良いなと思います。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

どんな夜でさえも  こんなに辛いと思った事がない

音がしない、味がしない、君がいない

君がいない  Saucy Dog

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