クソみたいな世の中だけど。

今日の日記

おはようございます。

喜怒哀楽。

喜び、怒り、悲しみ、楽しみ。

この4つの中で、人生において

怒りというものは、無いほうがいいのでは?

私は、基本的に気が長い。

親友には、修行僧か!!って

言われるくらいに気が長い。

なので、日常生活でも怒るということは

殆ど無い。

クソみたいな世の中

私は、中学生の頃から、人間嫌いの世間嫌い。

だから、本当に心を閉ざしていた。

だから、同じ音楽ばっかり聞いたり、

頭の中でいろんな事を考えることが好きだった。

で、高校生の頃に親友と出会って、

二人でお互いの好きなことについて語り合ったり、

毒ばっかり吐きながらも楽しい時間を過ごしていた。

今振り返ると、この頃の私達は

クソみたいな世の中で

自分たちが心の底から好きだと思える人(思考なども)や物に、

夢中だったような気がする。

クソみたいな世の中だけど、

その中で見つけた自分たちの大切なモノ。

その時に大切だと思ったモノは、

不思議と今でも変わらない。

何にも期待しない

毒っぽかった私達。

だから、世の中はどこか敵のように感じていたし、

生きることが本当にキツかった。

あーでもないこーでもない、

二人でそんな事を言い合いながら、

なんだかんだ、楽しい時間を過ごしていました。

クソみたいな世の中で見つけた、

自分たちにとって大切なものは、

少ないようで多いのかもしれない。

数にしたらわからないけど。

けれど、世の中はやっぱりクソみたいで。

今思うと、それってどこか世の中に期待していたのかもしれない。

だから、毒々しい気持ちだったのかもしれない。

毒々モンスターな私達は、

好きなものや信頼できるものが少なかった。

親友はわからないけど、

私はそんな事を考えて居るうちに、

世の中や人に対して期待することがなくなってしまったのかもしれない。

だから、ドライになっていったのかもしれない。

大切な感情

けれど、そんなドライな感情でも、

本当に好きな音楽だったり、好きな人だったり、

信頼できる相手に出会ったりして。

その数は多いのか少ないのかわからないけど、

心から好きと思えるものには、

かなり熱い思いになってしまう。

その熱い思いみたいなものがあるから、

私は今、毎日を楽しく感じることが出来るのかもしれない。

そして、その心の真ん中の方にある熱い部分を守るために、

ドライな感情で世の中を見ているのかもしれない。

で、そんなドライな感情の中に、

又、熱いものを見つける。

そうやって、心のなかに大切なモノが

増えていっているような気がする。

やっぱり。

世の中ってクソだけど、捨てたもんじゃないね。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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